寺伝によると707年(慶雲4)、行基の開創と言われる。かつては但馬高野と呼ばれた名刹で、但馬の信仰文化の中心として隆盛を極めた。杉や檜におおわれた広い境内には、1847年(弘化4)の造立とされる商売繁盛・学業成就の弁財天など多くの石像を集めた「賽の河原」がある。
また、細線技法、彩色に鎌倉時代の特色を残す「絹本著色大日如来像」や、密教で信仰される男女の煩悩を救う仏、愛染明王を描いた「絹本著色愛染明王像」といった仏画も所蔵している。貴重な民俗芸能である「轟の太鼓祭」は、お盆の施餓鬼供養として行われる。
自然豊かな広い境内をゆっくり散策してみませんか。秋には紅葉を初めドウダンツツジなどが色づき楽しませてくれます。また境内のいたるところに古くからの石仏石碑が立ち並び、なかでも5mもある巨大な五輪塔や賽の河原が目を引きます。